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プロローグ その2

last update Last Updated: 2025-04-09 17:00:11

「お初にお目にかかります。レリアーヌ・バタンテールと申します。この度お部屋をご一緒させていただくことになりました。

 田舎出身の粗忽者ゆえ、何かとご迷惑をおかけするやもしれませんが、なにとぞよろしくお願いいたします」

 そう言って深々と、それはもう深々と淑女の礼をとる。

 これだけはっ! と幼少期よりわたしの面倒を見てくれた家庭教師の先生が仕込んでくれたので、ある程度様になってるはずだ……大丈夫よね?

 ここは、王都にある女学院に併設された寮の一室。

 この女学院は、貴族令嬢として生まれたからには16から18の間必ず通わなければならない学院で、自立心を育てる為に、在校生は全て女学院併設の寮で過ごす。

 ここでは、一般教養や礼儀作法は勿論の事、必要に応じて外交や領地経営、その他経営や経済などなど、貴族令嬢が修めるべき学問が取り揃えられており、ここを卒業できなければ貴族令嬢として認められない程だ。

 因みに我が国では、政治でも経済でも女性だからと排除される事はない。

 近隣のとある国では、女性には一切政治に口出す事は許されず、仕事にも付けず、子を産む事だけを役目として家に閉じ込めているというところもあるようだが、我が国は全くそのような事はない。

 その才覚一つで、なんにでもなれる。そこに男女差はない。

 まぁ、体力や体格で男女差が出る部分もあるが、それは区別というものだ。

 さて、話を戻して。

 わたしが今相対している相手は、このたびめでたく(もないが)わたしの同室となった……違うな。

 元々彼女の部屋に新入生であるわたしが同居する形となったのだ。

 女学院の寮はだいたい二人部屋で、必ず先輩と後輩が同室になる。

 寮生活のアレコレなど全く分からない状態で入学してくる新入生への配慮なのだろう。

 先達がいれば何とかなる的な。

 因みに誰と同室になるかは、神……なのか女学院の学長か誰が決めてるかは分からないが、爵位や派閥などは、よっぽどの事情がない限り考慮されない……らしい。

 ……全くもって残念なことに、今回わたしがこの部屋になったのは……よっぽどの事情があったわけなんだけど。

 目の前のこの女性。

 美しい銀髪を腰の辺りまで伸ばし、王族の血縁である事を伺わせる澄んだ紅い瞳を僅かに眇め、こちらを観察するように見てくるこの女性の正体は。

 何代かごとに行われる王族の降嫁によって、王家の血も混じる生粋の高位貴族。

 建国時代から続く三大公爵が一つ、ティボー公爵家のご令嬢、アン・ティボー・ル・ロワ様である。

 ちなみに家名の後に続くロワは、王家の血族である証の紅い瞳を持って生まれた人間に与えられる特別な名である事から、目の前のお方がどれだけ重要人物なのか推し量れると思う。……あぁ、胃がキリキリしてきたぁ!!

 そう、わたしがこのお方と同室になった理由。

 それはこのお方の護衛を兼ねているからだ。

「……顔を上げてくれるかしら?」

 銀糸のような美しい髪をさらりと揺らし、おもむろに開いた口から落ちたのは、意外にハスキーなお声だった。

 顔を上げれば、未だ紅眼に警戒の色を乗せたまま、わたしをじっと見つめている。

 ……そんなじろじろ見られても、目の前の田舎令嬢は田舎者のままですよーと心の中で悪態をつく。

 いや別にコンプレックスとかじゃないけどねっ!

 目の前のお方の艶やかな銀糸とか、紅の瞳は……羨ましさを通り越して恐れ多いが、すっとした涼し気な目元とか、これまたすっと通った鼻筋とか、ちょっと薄めの紅く染まる形のいい唇とか、それらが完璧に配されたお顔は同性でも見惚れる程で。

 女学院の制服を着こなすすらりとした長身は、姿勢の良さと相まって凛として美しいなぁとか。

 ……お胸は意外にささやかだなぁとか。

 ……結構背が高いなぁとか。

 そんな目の前の佳人に比べて、自分のふわふわとしたミルクティーみたいな色の髪は子供っぽいし地味だなぁとか、これまた地味なヘーゼルの瞳はまんまるで、ちまっとした鼻と、これまたちまっとした口元も相まって、領地によく出る小型の害獣に似ているとお兄様達によく揶揄われていたなぁとか。

 ……あの害獣、ちびっこくて、見た目はもふもふと愛らしい癖に、人を恐れず家にまで侵入して色々あさっていく迷惑な害獣の代名詞で、そんな害獣に似ていると言われてもだいぶ複雑な心境だ。

「そう……貴女が……? 貴女、本当にバタンテール辺境伯家の方なの?」

 もっとこう……と、目の前の佳人が訝し気に首を傾げている。

 向こうにはわたしが彼女の護衛である事は伝わっていないはずだ。

 秘密裏に守って欲しいと、ご依頼いただいたティボー公爵もおっしゃっていたし。

 さりとて、バタンテール辺境伯一族の噂は、ある程度の高位貴族なら知っているので、彼女もそれをご存じなのだろう。

 なのに実際現れたのがこんなちまっとした人間だったからどう判断していいかと悩んでいるのだろう。多分。

 道理でじろじろと観察されていると思った。

「はい。わたくしは間違いなくバタンテール辺境伯家の人間です。どうぞよろしくお願いいたします」

 今更だけど、秘密裏に護衛って難しくない?

 護衛だとバレちゃいけないって事は、わたしが実は……って言うのもバレちゃいけないって事でしょう?

 ……どうやって? 一緒に生活していてバレないなんて、そんな都合のいい事起こる? 

「そう……。じゃあ部屋の中を案内するわ。こちらへいらっしゃい」

 色々思い悩んでいたのがまずかったのだろう。いや、結果としては良かった…いや、やっぱり悪かった? 未だにどちらだったのか定かではない。

 ……そう、わたしは躓いた。

 目の前の佳人に手招きされて近づいた瞬間、何もないところで……。

 いやきっとその一瞬だけ床が隆起したんだって! これは誰かの罠だって!! そんなこと起こる訳ないってわかっちゃいるけど言わせてほしいっ!!

 蹴っ躓くなんて、ここ最近なかったものっ!!

 だから事故! これは事故っ!! そんな一層紅を濃くした怖い目で見ないでぇ!!

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    「……アン様、今日は第二食堂の方へ参りませんか?」 第一食堂の方から風に乗ってふわりふわりと食べ物の匂いがする。「……別に構わないけど……珍しいわね、レアが軽食中心の第二食堂へ行きたがるなんて……」 足りるの? とコテンと首を傾げるアン様は今日も麗しい。……言ってる事はなかなかに失礼だが。 いや、確かに第一食堂は女学院にあるまじきボリューム重視ですが、本来であれば美味しいんですよ! 大体アン様だって、その見目の麗しさからかけ離れた健啖家ぶりを見せてるじゃないですか!! わたしがそれ以上にがっつり食べてるから、バレてないだけですからねっ?! むしろわたしの存在に感謝してくれていいですからねっ?! そう頭の中で悶々としつつ、アン様の華奢なように見えて、意外にしっかりとした手を引いて第二食堂へ向かう。 ……その日の夕方、第一食堂で食中毒が発生したとの報が寮を駆け巡った。「仕事の方はどうかな?」 ふわふわとクッション性が高く、気を抜けば腰を取られふんぞり返って沈み込んでしまいそうな高級ソファに、なんとか背筋を伸ばしたまま座り続ける。……このソファ、ある意味鍛錬になるな? と詮無い事を考えながら、目の前の圧のある人物に視線を戻す。 といっても、相手を直視しないよう視線は落としたままだ。 そもそも、ソファの対面に座らせてくれるのだって、相手の爵位を考えれば破格の対応で、一介の田舎令嬢には過ぎた待遇だ。 ……だから、目の前のテーブルに用意されているお菓子にもなかなか手を伸ばすことが出来ない。 ある意味わたしに辛すぎる拷問だこれ。 あぁ、あの真っ白な粉糖で飾られた丸いクッキーとか、ピンク色に染まったクリームをちょこんと乗せたカップケーキとか、ほんと美味しそうなんですがっ!! くぅぅぅっ!!

  • 銀のとばりは夜を隠す   第3話

    「……アン様? やりすぎです」 コポコポと繊細な絵柄のついたティーカップにお茶を注いでいく。 湯気と同時にふわりと広がるのは、アン様の瞳によく似た赤い実の香りだ。 乾燥させたそれを茶葉に混ぜ込んだこの香りよい紅茶が最近のお気に入りらしい。「……どこがだよ。俺のモノに手を出そうとしたんだ。それ相応の報いは受けてもらわねぇと……な」 相変わらずふんぞり返るように椅子に座っていたアン様、いやあの口調からアラン様は、わたしがアラン様の前に紅茶の入ったカップを置くと、あっという間に姿勢を正し、ピンと背筋の伸びた美しい所作でカップを取り上げ、香りを楽しんだ後、一口含んだ。「……ん。うまいな。最初は茶の一つも入れられず、どうなる事かと思ったが……」 ニヤリと意地悪な笑みを浮かべるアラン様。 そう、今目の前にいるのは、白シャツと細身のトラウザーズを身に着けた人物だ。その名をロベール・アラン・ティボー・ル・ロワ様という。対外的には隣国に留学している筈のアン様の双子のお兄様……となっているらしい。 その辺りの事情は深くは聞いてない。……聞いたらなんだか戻れなくなりそうだからだ。依頼にも含まれてなかったし、きっと護衛が知る必要のないものなのだろうと、無理やり自分の気持ちを納得させている。  ちらりと視線を前に投げれば、紅茶を飲み終わって、再びふんぞり返る姿勢に戻ったアラン様がいた。 いくつかボタンが留められていない胸元から覗くまっ平な胸……のくせにどこか艶めいて見えるのは、何故だろう?「厳しいご指導ご鞭撻アリガトウゴザイマス」 最後カタコトになりつつそう告げて、自らが淹れた紅茶に口を付ける。うん、なかなか……。「カタコトかよ」 ぷはっと破顔するアラン様。 初対面でわたしの(極めて遺憾だが)お

  • 銀のとばりは夜を隠す   第2話

    「……お友達とのおしゃべりですよ、アン様」「そうなの? そうは見えないのだけど?」 頬の下あたりに手を当てて、こちらを見ながら首を傾げるアン様。 いや、顔面蒼白で、ぶるぶる震えてて、今にもぶっ倒れそうなご令嬢方のお姿見えてますよね? ここで全員倒れられでもしたら、後処理が面倒ですよっ! ちなみに、女装の時のお名前は、アン・ティボー・ル・ロワ公爵令嬢様だ。 恐れ多くもアン様とお呼びする事を許されている。 ……だから、こういったご令嬢方に呼び出しくらうんだけどね。普通なら家名でお呼びするものだし、お名前で呼ぶ許可を出すって事は、相手を懐に入れてもいいって判断されたって事だからね。「テ、ティボー様っ! これはっ!!」 どうやらご令嬢の一人が正気に返ったらしい。 蒼白だった頬に血の気を取り戻し、むしろ血色の良くなったお顔でアン様に詰め寄る。「このっ! 無作法な田舎者に道理を説いていたのですっ! ティボー様のような高貴なお方のお名前を軽々しく呼ぶなどと!! まして四六時中付き纏うなどっ! 淑女の風上にも置けませんわっ!! 「……わたくしが良いと言っても?」 ……?!」 コテリと首を傾げると、さらりと銀の髪が揺れた。……あれがカツラだとか、未だに信じられない。 ……今度わたしも貸してもらおうかな? 真っすぐな銀髪、憧れなのよね。 そんな詮無い事を考えているうちに、ご令嬢方とアン様のお話は付いたらしい。「だからね? レアはわたくしのものなの。 他の誰も、レア本人ですらもわたくしから引き離すことはできないの」 お分かりになって? そう告げるアン様にいくつか物申したいんですが? え? わたしアン様から離れられないの? えぇ?!「だからね? レアをわたくしの関知しない状態で連れ出すのは止めてくださらない?」 そう言ってうっすらと微笑

  • 銀のとばりは夜を隠す   第1話

    「貴女ちょっと生意気なのよっ!! ドが付く田舎のぽっと出のご令嬢のくせしてっ!!  あの方にご迷惑をかけてる事に気づかないの!!  大体何?! これ見よがしにあの方の瞳の色と同じ色の貴石が付いた腕輪なんかしてっ! 図々しいのよ!!」 どうも、ごきげんよう。  レリアーヌ・バタンテールです。現在地は女学院の校舎裏です。 ところでもし相手に気づかれないように、周囲にバレないように、日中暗殺する時って、どこがいいと思います?  移動中の馬車の中? 用を足してる化粧室の中? ……若しくはこういった人気のない裏庭に呼び出す? 残念っ! どれも不正解ー。特に最後! 人気のない裏庭に呼び出すって、色々ダメー。  そもそも呼び出したのを誰かに見られたらその時点で犯人は絞られるし、相手が裏庭に行くのを見られてもダメ。不自然過ぎる。 だから、日中暗殺するなら人混みの中がおススメです。どさくさに紛れて手を下しやすいし、人混みに紛れて逃げやすいし……。 なので、逆に言うと我が家みたいな護衛職を生業にしている人間は、人混み滅茶苦茶警戒します。  だから、護衛対象がそう言った人の多いところに行きたいと言い出すと、ちょっぴりげっそりとした気分になります。  ……表には出さないけどねっ! 人間だものっ! 仕方ない。 で、何が言いたいかというと……。 どこぞのご令嬢達に裏庭に呼び出されたわたしが、命の危機に関わるものではないなぁと判断して、のんびり静観してしまうのも致し方ないのですよ。 ……だから、そんなどこぞの国にいるという恐ろしいオニもかくやといった形相で近づいてこないでくださいアン様。  普通に怖いです。「っ?! 聞いてるのっ!! それとも田舎令嬢は耳までドンくさいのかしらぁ!?」 いえ、わたしドンくさくないです……。アン様の前で躓いたのは……事故ですって。  そしてそろそろお口を塞いだほうがよろしいですよ? ご令嬢方。  あのお方、実のところ結構な俺様ですので、自分の玩具に手を出されるの、死ぬ程嫌いみたいなんですよねー。

  • 銀のとばりは夜を隠す   プロローグ その3

     かくて話は冒頭に戻る。 躓いたわたしを、親切にも支えてくれた彼女の美しい銀髪が、わたしの制服のボタンに引っかかって、それを取ろうと手を伸ばしたら、髪の毛全部ずり落ちてきたとか……本当なんの冗談なんですかね? 聞いてないんですがご依頼主(ティボー公爵)様っ?! そして……男子禁制のはずの女学院で、女生徒の制服を着た、でも明らかに男性のこの人の存在が、ますますわたしを非現実に放り込む。「ちっ。早々にバレるとは面倒な……。……とりあえず消すか?」「ぴえぇぇ!?」 その後、彼(か)のお方の物騒な物言いに命の危険を感じ、全力で自らをプレゼンしたのは言うまでもない。  現在女学院に在籍する貴族家の中で、一番扱いやすいのが、弱小田舎伯爵家の自分である事を。(我が家を弱小田舎貴族だと侮るのは実情を知らない低位貴族くらいだけど)  わたし自身が田舎出身の粗忽者である事から、わたしの方が令嬢としての粗が目立って、そちらの違和感が目立ちにくくなる事を。(実際、鍛錬に明け暮れるわたしはご令嬢らしくない自覚の一つや二つありましてよ) だってまだ死にたくないし。人知れず消されたくないし。依頼不履行はまずいしっ!  ていうか、わたしに命の危機を感じさせるって、ご令息?様いったい何者ですか?! 護衛ホントに要りますか?! そんなこんなでなんだかんだと屁理屈を捏ね上げ、全力で命乞いしている間に目の前のお方の興味は引けたらしい。  だって『おもしれー女』って言われたし。  今もなんとか生きてるし。 これでご依頼も無事遂行できますからねっ! ご依頼主(ティボー公爵)様っ!!  で、どうなったかというと……。  「ふん、どうやら貴様はバタンテール辺境伯家の落ちこぼれのようだな」 いえ、そんなことはありませんが? 兄が二人いる三兄弟で一番強いですが何か? 『お前が長子だったら……いや、それはそれで危険だな。バランスのよいリカルドがやはり次期当主に相応しいな』とはお父様の冗句だ。その言葉を聞くたびに長兄のリカルド兄様が苦笑いしてる。 

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